ゼロイチ開発

ITと物語

私は2012年、ドイツで独立しました。「独立」といっても、あまりカッコいいものではなく、サラリーマン生活をやめ、プログラミングをやったり、ミュージシャン(コントラバスを演奏します)をやったり、絵や文章をかいたり、と、自分がやりたいことを素直にやるために、結果的にその道を選ぶことになっちゃった感じです。

私はドイツのベルリンで約10年間、暮らしていました。ベルリンは音楽の街です。プロ/アマチュアを問わず、数多のバンドがあり、どのバンドもベーシストとドラマーを必要としていました。私は、(もちろん本業のITエンジニアの仕事も続けつつ、)10年間で通算70バンドで演奏し、最大で年間200ライブを行いました。

ライブ活動のなかで、さまざまな人と出会いました。ライブ観客との「弱いつながり」のなかで、新しくITビジネスを始めようとする起業家たちとも出会う機会がありました。そうした起業家は、本職は小売業や音楽配信業、写真家、デザイナーや建築家で、ITシステム開発を経験したことがありませんでした。

私は、そのような起業家たちから、新しいWebサービスの開発を相談され始めました。

ひょんなことから、新規システム開発プロジェクトが始まります。でも、多くの起業家は、なぜ要求定義や要件定義を言語化する必要があるのか、なぜテストをスケジューリングする必要があるのか​、クラウドとは何であるか、MVCフレームワークとは何であるか、などについてほとんど理解していません。また、システム開発にかかるコストを見積もれません。​過去にシステム開発経験がないので、当然なことです。

また、起業家の多くには、過去システム開発を行おうとしたが失敗した経験をもっています。たとえば、過去に働いていたエンジニアとうまくコミュニケーションできなかった、非常に非現実的な予算でEコマースサイトを構築できると見積もっていた、などです。

これらの原因の多くは、「起業家が、自分がつくりたいシステムの絵を描けていないこと」、あるいは「ITエンジニアに伝わるかたちで絵を描けていないこと」にあると私は考えます。ですので、私は、まず起業家と開発メンバーに、三つのモデリングを描く提案を行うようにしています。

ITシステム開発に関する彼女/彼らの基礎知識を高める必要もありますが、それを長時間かけて行う必要はありません。とにかく、できるかぎり短時間で行う必要があります。ベンチャービジネスにおいては、迅速なゼロイチ開発が必須です。私たちがローンチを目指すシステムの迅速なプロトタイピングと、それに対する見込み顧客のPoC、そして、ビジネスとシステム開発を継続するための早期の資金調達がとても大切だからです。この三つのどれを欠いても、ゼロイチ開発、ひいてはベンチャービジネスは成り立ちません。

三つのモデルとは、

・概念データモデル

・ユースケース図

・画面遷移図

です。これによって要件がザックリと言語化されます。(異論もあるかとは思いますが、)ITシステム設計は、とりあえず、この三つのモデルさえ確固として存在すれば、進めることができると考えます。そして、私はプロトタイピングを始めます。

1~2か月でプロトタイプを完成させ、起業家にはサードパーティへのプレゼン(PoC)を行ってもらいます。サードパーティから好評を博した場合、開発資金が調達できるでしょう。

兵糧が確保できれば、製品としてのシステム開発が始まります。私が苦手な分野については、これまでのキャリアで一緒に仕事をした、信頼できる仲間に手伝ってもらいます。彼女/彼らの技術的な強みを考慮して、適切なタスクを割り当てます。例えば、IoTの経験があるメンバーには、センサーとサーバー間の通信プロトコルの開発を依頼します。開発環境の構築が得意なメンバーには、Docker構築を手伝ってもらいます。インフラ構築が好きなメンバーには、Terraformの設定を依頼します。

私は、還暦間近にしても、まだいろいろやりたいことがあります。そして自分のことを飽きっぽい性格だと感じています。このためか、「まだないシステムのプロトタイピング(ゼロイチ開発)」に一番やりがいを感じています。じっさい、私がゼロイチ開発を行ったシステムをもつ企業の数社が、株式上場を果たしました。私はそのシステムのコアロジックを最初にプログラミングしたことに、喜びを感じています。

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